7月10日頃に
taccuino;手帳、メモ帳
ときどき自分のパレットにメスを入れること
絵具箱の色の並びを変えてみたりして

7月10日頃に
taccuino;手帳、メモ帳
ときどき自分のパレットにメスを入れること
絵具箱の色の並びを変えてみたりして
5月16日の午後3時
ポルトガルから日本旅行に来られたご夫婦と浅草雷門前で待ち合わせて、夕方までの時間を一緒に過ごしました。
ご主人はイタリアの方で、ご夫人はポルトガルのオリーブ農園でお仕事をされている方です。
都内で数日間の滞在のあと、鎌倉や大阪などへ立ち寄りつつ、オリーブ産地で有名な小豆島への視察を予定されています。ご主人のパオロさんにとっては37年ぶりの来日なのだそうです。小豆島への道すがら、ご友人との再会も楽しみにしていらっしゃる様子でした。
この日記を書いているのは6月の2日で、まもなくお二人の帰国の日となるはずです。どのような心持でいらっしゃることでしょう。
お別れ際に頂戴したオリーブオイルを、朝食のサラダにかけていただいています。
私たちの待ち合わせ場所となった雷門周辺の混雑には、パオロさんは「まるでヴェネツィアみたいだ」とおっしゃいます。たしかにオーバーツーリズムで有名なかの地を思い起こさせるような光景で、僕もここまでとは思いませんでした。共通の友人を通して事前にメールのやり取りはしていたものの、初対面だったので、自分の着ている洋服の色を追伸したりもしました。
ここから避難するように銀座線に乗り込んで、散策の候補のひとつだった根津美術館へ。ところがなんと、展示替えで休館中です。
「君のせいじゃないよ」。そう声をかけていただきましたが、このことで、自分がまったく冷静な状態ではないことを思い知りました。仮に入場できていたとしても、閉館時間が迫ってゆっくり鑑賞することは出来なかったはずです。
片言のイタリア語で話をしていると、日本語もカタコトになっていきます。そこそこには利用しているはずの地下鉄の乗換えさえもがおぼつかなくなっていて、方向感覚を失っています。浅草駅から表参道駅までの所要時間を分かっていても、駅の改札を抜けてから美術館まで何分歩くことになるのか。そんなことを考えるのも抜けてしまっていて、自分もすっかりと観光客のひとりになったようでした。
ご夫人のアナさんが「シャンゼリゼ通りみたい…」と、たしかにそうだな…と思いながら表参道をすこし歩いてから、銀座線に戻ってお二人の宿泊先の浅草橋駅に向かいました。地下鉄の中、パオロさんに37年前と現在の東京の印象を尋ねると「みんなスマホを見ているね。まえはみんな寝ていたよ。」(そういう自分も浅草橋駅付近のお食事処を必死に検索している)。
愛煙家のパオロさんには、ちょっと息苦しい東京観光だったかもしれません。
「街じゅうが禁煙なのを知ってたら日本には来なかったよ…」、交差点に設置された喫煙スペースについては「(喫煙者の)刑務所だ」、「37年前には電車の中でも煙草が吸えたのに」。
ユーモアにあふれる最後の名言は「今度こちらに来たときは君が払うんだよ」。これは食事の会計でご馳走になってしまった時にいただいた言葉です。
JR浅草橋駅の近くに喫煙可能な居酒屋をみつけて、夕食をご一緒しました。ご夫人のアナさんは、日本の食事の席でのマナーについてとても詳しい方でした。そのほかにも、陶器や金継ぎなどにも興味をもっていらしていて、陶芸をやっているご家族(娘さん…だったかしら)からは陶芸用品の買い物の頼まれごとがあるご様子でした。
娘さんだったか、妹さんだったのか…。そのくらいもうまく聞き分けられないのが僕の語学力の程度です。
日本酒がすすんで、パオロさんが谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』にふれて語ってくださっています。
居酒屋の店内の灯りにも眼を向けながら、光と陰について、機微に触れることばを語ってくださっていたはずです。パオロさんはきっと、僕が話の全てを理解できていないだろうことも判っています。
お客がだんだん増えてきて店内がにぎやかになる中で、僕は集中してことばを聴いて、なにかが掴めたら頷いて合図しました。パオロさんの身振りや視線、言葉と言葉の間、自分が聞き取れた単語や動詞の変化、その前後に考えられる文脈を必死で想像しながら聴きました。
5月9日 16:50~
非常勤講師を勤めている大学で自分の仕事や作品について話す講義回があって、連休の後半からは講義原稿の手直しをしていました。1年生向けのオムニバス形式の授業科目で、先生が毎週変わって登壇してそれぞれの専門分野について話します。
毎年のことなので慣れてきたと思っているのに、180人以上の学生がぞろぞろと着席してきて、授業開始のチャイムが鳴って教室が静かになってくると、急に緊張してしまいます。原稿の一部を飛ばしてしまったり、パワーポイントの画像が消えたまま話を進めてしまって、学生が教えてくれたり…というありさまです。終わった後はしばし放心状態で、職員室で休憩してから帰宅しました。
いまは学生から届いてくるレポートに目を通して、希望者への返信を少しずつ書いているところです。
Lete(レーテ)と題された詩の挿画に取り掛かりました。
Lete (Lethe)とは、ギリシア神話で黄泉の国を流れる忘却を意味する川の名です。
作画に当たっては、頁に栞を挿すような絵を考えました。栞の図柄には、川のことをうたう民謡の楽譜の一部を描き入れるつもりです。
4月9日、近くの公園へ
接写レンズをつけたままのカメラを持ち出して、桜を観に行きました。
曇り空を背景に、うんと近づいて。
100円ショップで買い求めた陶器のコーヒードリッパーと、同じく陶器のキャニスターを組み合わせて筆洗器をつくりました。砥石とグラインダーで削って、形をすり合わせています。
ここ最近は、金属製の筆洗器の代わりに除湿パックの空容器を使っていました。塩化カルシウムが詰められている受け皿の部分が、筆をしごくのにちょうど具合が良かったんです。ただし、しばらくすると筆洗油で容器のプラスチックが変形してしまいます。
あれやこれやと考えて、ここに行きつきました。筆の毛先を斜めに当てられるので見やすいし、穴から汚れも沈殿してくれるし、とくに高価なコリンスキーの筆を扱う時には都合が良いです。
2月26日
通りがかりの中古電動工具店にて、フォルムと質感が気に入って買い求めた金切り鋏です。分解して刃をオイルストーンで研いだあと、そのオイル分を含んだウエスで全体を拭き上げました。薄い紙くらいなら刃の重みですっと切れていくのが心地よいです。
“WISS U.S.A. V13 7in” という刻印をたよりに検索してみると、アンティークを扱う海外サイトにて、同じ形を見つけることができました。ブランドは健在で、現行モデルも販売されているようです。製品名は “Duckbill Pattern Tinner Snips” 。たしかにアヒルのくちばしです。
2月19日
まもなく閉店となる新所沢パルコへ。これまでは Let’s館3階の世界堂などの決まったお店に行くだけでしたが、久しぶりに館内を歩いて回りました。
PARCO館の階段の壁には過去のポスターが展示されています。僕が20代だった頃、通学や通勤で西武池袋駅の改札を通る時に、いつも目にしていたポスターたちです。
「 昨日は、何時間生きていましたか。」
ふと、このポスターが見たくなって、館内を探しました。
2月29日の夕方
とりいそぎ必要なものの買い物は済ませておいたのに、なんとなくそわそわしてしまって、結局は営業最終日にも足を運んでしまいました。見納めておきたいという気持ちと、最終日の混雑や行列、在庫処分セールですっかりと空になっている店内の什器を見たくはない…という気持ちとが、混ざり合っていたように思います。
2月6日 0:22am
何年振りかの大雪。長靴の下には靴下を二枚重ねて履いて、すこし歩く。
2月3日、東神田「組む東京」にて
岡安圭子さんの朗読会に参加しました。この季節に恒例のイベントで、自分のダイアリーを遡ってみると2018年からの参加になるのかしら。
朗読会のとき、僕は目を瞑って聴いていることが多いのですが、ときおり岡安さんの声がすこし違った位置から聞こえてきます。それは一歩二歩ぶんのわずかな距離なのですが、目を開けてみると会場の私たちに一人ひとりに向けて話しかけてくださるようでした。参加者一人ひとりへ、宮沢賢治の文章の断片で語りかけてくださっていることに気がつきました。
朗読が終わったあとで小さな封筒をいただきました。中には賢治の文章の断片を書き綴ったカードが入っています。顔見知りとなっているひとにはその人をイメージして、初めて参加された方へは、名前の漢字からその人のことを想像して、ことばを選んでいらっしゃるのだそうです。
封筒はその場では開けずに、帰りの電車で座れた時に開いてみました。(絵のことを言ってくださったのですね!)
朗読会からの帰り道に
この日の朗読は、宮沢賢治「注文の多い料理店」からはじまりました。
これまでに何度かは触れてきているはずなのに、僕は話の結末をすっかり忘れています。
体じゅうにバターを塗りたくって、さあどうなっていくのだろう…と、どきどきする感情のあとに待っているのはあっけらかんとした結末。はなしを聴いている自分のほうがなんだか狐に化かされたような、きょとんとして取り残される感じでしょうか。
宮沢賢治の描くものがたりの登場人物には、そのまま突き抜けていくひとと、そこにポツンと残されるひとがいるように思います。詳しい方がいらしたらとっても恥ずかしいのですが、初めてそのことを意識しました。