翻訳をされた方が同じ市内在住の、こんなに近くにお住まいの方だったとは。

僕がこの本に出合えたのは割と最近のことです。 自分には到底近づくことが適わない書物だと思っていたからです。


知り合いになったばかりのイタリア人の若者と、帰りの西武新宿線でおしゃべりしたことを今でも覚えています。
お互いに好きな本の話になって、彼は「オーエの文学は素晴らしい」と言う。僕は「大江健三郎は僕には難しくてわからないや」と返す。そしたら彼は「カンジが難しくて読めないの?」。
「僕はカルヴィーノの見えない都市が本当に好きなんだ」。「カルヴィーノは難しいよ」。「翻訳のお陰で、僕は見えない都市を読めていると思う。翻訳家のお陰で僕は内容を理解できているんだと思う」。「確かにそうだね」。

たまたま帰りの方向が同じだっただけの、どちらかが先に電車を降りるまでの会話だったけれど、海外文学を読むときにあの車両の雰囲気をふわっと思い出します。